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鬼姫狂概要


活動沿革

同人結社創作信仰鬼姫狂総本部の歩み

平成17年 4月

民富田智明が東京工芸大学芸術学部映像学科に入学。
入学祝いとして、個人用のデスクトップパソコンを買ってもらう。
小学校以来のあだ名を漢字に当てて訓読みした悪鬼(わるおに)名義で、趣味のお絵描きサイト兼中古ビデオレビューサイト「悪鬼電影有限公司」を開設。
もともとは実写映画を作りたかったので、本当は自主映画の公開を想定したサイト名だった。

  9月

大学で志の合致した仲間と巡り会えずに孤立し、以降、延々と苦悩する。
孤独な一人暮らしの中で、精神的な拠り所としてウェブサイトのイメージキャラクター「鬼っ子凜ちゃん」を生み出す。
以降、取り憑かれたように、毎日絵を描き続ける生活になる。
次第に、このキャラクターを主人公にした物語を描きたいと思い始める。
宗教学と民俗学に興味を持ち、書籍を読み耽るようになる。
ホリエモンの影響で起業に興味を持つ。
インターネットに作品流通の可能性を見出し始める。

平成18年 4月

サイト名が中国の映画会社と思われるかもしれないので、「悪鬼電影工房」に変更。

  6月

中学時代からの友人にSNSのmixiを紹介され、mixi中毒になる。
サイト更新が滞り、一時凍結。

  12月

サイト閉鎖。
以降、mixi上で鬼っ子凜ちゃんの絵を描いては晒すようになる。

平成19年 4月

本格的に脚本を学ぶため、映像表現研究室に所属して脚本を専攻する。
自主映画ができるほどの仲間が得られないことが決定的になる。
実写映画を諦めて、一人でもなんとかなる二次元に転向することを決心する。

  7月

大学のシナリオ演習の課題として、30枚脚本「童話 鬼っ子凜ちゃんの冒険 序章編」を書き上げる。

  9月

ゲーム制作に興味を持ち、初心者向けプログラム言語HSPを使って、スーパーマリオ風のアクションゲーム「鬼っ子凜ちゃんの冒険」を作ろうとして挫折。

平成20年 1月

映像表現研究室の課題として、脚本「鬼神童女」を書き上げる。

  7月

シナリオ概論の課題として、脚本「鬼神童女/白刃の姫君」を書き上げる。 エンターテインメントシナリオ技法の課題として、脚本「鬼神童女/流血無法地帯」を書き上げる。

平成21年 1月

卒業制作として、脚本「鬼神童女無宿」を書き上げる。

  3月

映像学科を卒業する。
あまりにも自信がなさ過ぎて就職活動から逃げ出す。
色々あって、大学再受験の道を選ぶ。
本当は民俗学の道に進みたかったが父親に猛反対され、父親の意向で不本意ながら心理学をやることになる。

平成21年

平成22年
4月

3月

大学再受験浪人中のため、受験勉強に専念する。
陰でこっそり絵を描きながら、世界観を深めていく。

平成22年 4月

明治学院大学心理学部心理学科に入学。
心理学が難しすぎて一気に落ちこぼれと化す。
自信を持ちたい一心で、映像学科時代から興味があった起業を真剣に考える。
「同人結社創作信仰鬼姫狂総本部」の設立構想の開始。
独学でHTMLとCSSを勉強し、ウェブサイト構築を始める。
ウェブサイト上に映像紙芝居第1弾「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」の制作構想を発表。

平成23年 5月

個人事業の開業届を提出し、「同人結社創作信仰鬼姫狂総本部」を正式に創始。
事前に親に言えばまず馬鹿にされるし反対されるので、一人暮らしのアパートで勝手に始める。
既成事実を作って公的な身分を確保してしまえば、親であろうが邪魔される権限はないと考えた。
生き甲斐である以上、同人だからとこそこそやらず、社会に対して表看板を張って堂々とやりたかった。
個人事業として始めたのは、まだ学生で扶養の身だったから。

  9月

特許庁に対して、創作信仰鬼姫狂総本部の紋章を商標登録出願。

  10月

特許庁に対して、創作信仰鬼姫狂総本部の屋号を商標登録出願。

  12月

特許庁に対して、表題「鬼神童女遊侠伝」を商標登録出願。
パソコンをwindows7の環境に買い替える。
アカデミック版で制作環境をAdobe CS5.5 Production Premiumに買い替える。
独自運営型アフィリエイトシステムとダウンロード販売システムを買い付け。
メールフォームシステムを買い付け。
「いつかでかいことをするため」に小学時代から長年大事に貯めてきた貯金がほとんど起業準備に消える。

平成24年 3月

無収入のまま、初めての確定申告。

  4月

創作信仰鬼姫狂総本部の紋章、屋号及び作品表題を商標登録完了。
さいたま地方法務局に対して、屋号を商号登記。
埼玉りそな銀行狭山支店にて、屋号つき銀行口座を開設。

  9月

映像紙芝居第1弾「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」のプロットがついに決定。

平成25年 1月

無収入のまま、2回目の確定申告。

  3月

世界鬼学会に加入。
特許庁に対して、商品名「映像紙芝居」を商標登録出願。

  5月

映像紙芝居第1弾「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」の脚本がついに完成。

  6月

SSL通信の導入のため、サーバーを移転し、SSL証明書を取得。

  8月

「映像紙芝居」を商標登録完了。
映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」の絵コンテが完成。
かなりの長期戦を覚悟で、作画に取りかかり始める。

  11月

長編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」の制作を一時中断。
完成までの過程そのものを経験するため、小さな一歩として短編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/うどん屋にたかる大狐」を企画し、制作開始。
脚本を書き終え、作画に取りかかる。

  12月

短編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/うどん屋にたかる大狐」の作画と彩色が完了。
初めて外部に対して出演声優の公募を行う。

平成26年 1月

映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/うどん屋にたかる大狐」の編集作業に没頭する。
無収入のまま、3回目の確定申告。

  2月

映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/うどん屋にたかる大狐」が完成する。
構想から10年目にして、ようやく名刺代わりの一本が生み出される。
ちなみに売り上げはたった2000円。
生まれて初めて自分で稼いだ2000円。
技術的、労力的問題からネットショップの独自運営を断念し、委託販売に転向。

  3月

映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」の制作を再開。

  7月

映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/うどん屋にたかる大狐」を、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門に出品。

  8月

映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」の色塗り作業が終了。
脚本の手直し、原画の手直しに取りかかる。

  10月

映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」の出演声優公募を告知。

  11月

映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/うどん屋にたかる大狐」が文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門で落選。

平成27年 1月

武州鬼姫信仰の最新の基本概念を公表する。
最大限に拡大解釈が可能な自由度の高さを確保。

  2月

売上2000円のまま、4回目の確定申告。

  3月

自信の根拠にしたい一心で取り組み続けてきたが、目に見えた売上が出ていないため、生業とするには時期尚早であると悟る。
あくまでもこれを本業として生きていきたかったが、親の意見、世間体、成功可能性などを考えて苦悩し、路頭に迷う危険に怯える。
そのため、一度踏ん切りをつけるために、登記は残したまま、就職のために形式的に税務届上の廃業を決意。
以降、芽が出るまでの潜伏期間と思い、余暇の文化活動として継続していくことにする。

平成28年 3月

青少年の娯楽と教養の両立を掲げ、長期計画のもと独自方針による学習教材の制作を始める。

  4月 紋章、屋号、作品表題の商標登録を追加出願。
キャラクター商品を想定し、キャラクター名そのものを商標登録出願。
  5月

創作物販売所の独自運営の準備が整う。
創作師制度、伝道師制度の準備が整う。

  6月

同人結社創作信仰鬼姫狂総本部の運営専用のクレジットカードを作るため、申込審査を通す目的で形式的に開業届を提出。

  8月 制作期間6年を費やした、長編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」がついに完成する。
上記作品による初売り上げ3500円を達成する。
上記作品を、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門に出品する。
  11月

お凜様がツイッターアカウントを開設。

平成29年 2月 長編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」が文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門で落選する。
「鬼姫基金」を正式に制度化。
創作師及び伝道師向けに正式な会員証発行機能を導入。
  4月 紋章、屋号の商標登録を追加出願。
資金も保管場所もない自宅運営であるが、作品充実のため、完全予約生産で公式キャラクターグッズの販売企画を開始する。
  5月

作品表題の商標登録を手広く追加出願。
世界観共有型の創作食品専用ブランド「神饌共食~お凜様の大好物~」を商標登録出願。
創作飲料専用ブランド「霊泉鬼姫山」を商標登録出願。
「武州鬼姫信仰」を一過性で終わらない本物のグローカルキャラクターブランドに育てるための基盤がようやく整う。
生涯を捧げるべき根本聖地建設計画を発表。

  9月 創作物販売所の注文画面に物販用の数量指定機能と総額表示機能を搭載。
お凜様がツイッターアカウントを無期限休眠。
孤独な挑戦はまだまだ続く。

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